若きエンジニア・エンジニアの卵諸君

  同志社大学 教授 藤本 元
人間は経験の動物とはよく言ったもので,天才は別として我々は経験を積んで進歩するらしい.筆者も諸先輩,同僚,後輩諸氏の手法を参考にしつつ何とかやれるようになったのが実状である.本稿では,春秋に富む若きエンジニアとエンジニアの卵(?)の諸兄に筆者の経験の一端を伝えることにする.
(この記事は,日本機械学会エンジンシステム部門のニュースレターに掲載されたものです)

1.研究テーマの設定
2.実験の場の設定
3.計測法の設定
4.実験条件の設定と実験点の選択
5.実験結果の整理と解釈・考察
6.モデル化とシミュレーション
7.前刷・論文・報告書
8.講演・発表
9.おわりに


1.研究テーマの設定
 何をやるにしても興味を持たなければならない.「これはおかしい.何かいつもと違うぞ!(注意力)」,「なぜこんなことが起こるのか?(好奇心,探求心)」が研究テーマの見つけ方の基本である.

 
(注意力,好奇心,探求心が肝心)

 次に起こった現象をよく眺め,現象が起こる要因を推理する必要がある.ここですぐに実験に走るのは時期尚早である.何しろ実験は人も金もかかる.そこで文献調査である.これもヤミクモにやるのではなく,要因に関連するキーワードをJICSTなどにかければ普通は掃いて捨てるほど文献が挙がってくる.筆者が学生に戻った時は,日本機会学会誌・論文集,自動車技術会誌(論文集はまだ無かった.)SAE Trans., PIME,MTZ等を調べあげ,コネを使ってタダでコピーを取り,職を変えるたびにヤドカリの様に持ち歩いている.(秘密の感想:タテ文字のモトはヨコ文字にあるぞ---1968年のこと---)文献には勿論社内資料も入る.筆者がヒヨコ時代にいた会社で内燃機研究室が開設された際,顧問の山崎毅六先生が「そんなに研究研究と大騒ぎしないで,今までの社内資料を整理してオーマカナ原則を見つけるのが先じゃーねーですか.」と言われたのが極めて印象深い.




(大学と企業の研究の範囲の違いは?)

 高名な先生方の論文を見ても,今は雲の上だが若かりし頃の先輩の報告書を眼光紙背に徹すの気持ちで読んでも,現象の原因が見つからなかったり説明できなかった時に,研究テーマが絞られたことになる.ここで気を付けねばならないのはどの立場で研究するかである.例えば,大学で燃焼室形状を変えて高負荷・高回転領域で一般性能を取るようなことは相応しくない.エンジン会社の研究所で,定常火炎の性状を調べるのもかなり勇気がいるだろう.ただし,最近の会社は優秀な研究者と高度の計測器具・計算機を備え,大学(少額研究費,いささか古い計測器具と遅い計算機,毎年半数の新入社員)の領分に踏み込んで来ており,大学も研究テーマを巧みに設定しないと立場が危うい. 

 筆者は会社の研究所で中型中速デイーゼル機関の燃焼のテーマを与えられ,当時のこととて排気分析から始めた.これでは隔靴掻痒,燃焼の本質には迫れないと思った.その後学生に戻り文献調査をやったところ,どうも着火遅れがアヤフヤだなと気が付いた.そこで,定容器でデイーゼル噴霧の着火遅れを調べ始めたが,ある条件になるとこれが一定になるとゆう通説に反する結果が出た.(そのため機会学会論文集で原稿が3本続けて否となり,筆者はこれで課程博士になり損ない,論文博士になった.)この原因の追求のために常温高圧下の噴霧の実験を開始し,定性的な説明が得られた.これも研究テーマの設定の一方法である.
 
 筆者の恩師は「学位論文を書いているときには,ここは論拠がしっかりしてない(ゴマカシがある),ここはもっと定量的に追求しなくてはならないなどの穴が一杯有るはずだ.」と言われたが,その後の筆者のテーマは本質的にはこの穴埋め作業である.

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2.実験の場の設定 

 エンジンの燃焼を例にすると,実験の場には「対象とする現象自体」と「そのまわりの雰囲気」の二つの意味がある.デイーゼル燃焼の場合は,噴霧については上の図,雰囲気に関しては下の図になる.この内のどれを選ぶかは研究者のフィロソフィと立場による.因みに筆者は,格子液滴列は実現が難しく,実機での可視化は装置が高過ぎるのでやっていない.




(現象の単純化)



(雰囲気の単純化)

 筆者は1975年頃に常温高圧下で壁面衝突デイーゼル噴霧の研究を手がけ,ある学会に結果を投稿したが,条件が実機の場合とはかけ離れすぎているとゆう理由で却下された.しかし他で英文が掲載され,1980年代の終わりにシミュレーションの検証データに使われた.他の研究者による大気開放下での単滴の常温および高温壁面衝突の実験,同様に定常噴流の常温壁面衝突実験も,発表時には基礎的に過ぎたが,いずれの結果も壁面衝突デイーゼル噴霧のモデル化に重要な役割を果たした.早過ぎる発表はその結果を他に利用してもらえないのかもしれない. 

 実験の場を設定したらその限界を十分に心得なければならない.例えば高温高圧の実験では注意しないと容器内に必ず温度分布が生ずる. 

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3.計測法の設定

 実験の場の設定が終わったら次は計測法の設定である.手持ちの計測器で計測できる範囲はどこまでかを考え,予算によっては実験精度向上と省力化のために計測器を購入する.本来ならば自分で計測法を考えるべきであるが,先人の方法を採用することが多い.例えばデイーゼル噴霧特性は瞬間撮影で1920〜1930年代にかけてほとんど調べられ,可視化機関によるデイーゼル火炎の高速度撮影は1930年代に既に行われている.今はレーザの出現によって計測手段が高級化しているに過ぎない.しかし論文には細かいノーハウ(楽屋裏)は出てないので,自分で工夫する必要がある. 



(計測法の設定)

 ここで例として非蒸発デイーゼル噴霧を挙げる.噴霧全体を捕らえる時は次のことを考えるが,それぞれ相互に関連している. 

 (1)散乱光撮影か透過光撮影か? 

 (2)光源は? 

 (3)瞬間撮影か連続撮影か? 

 (4)二次元撮影か? 

 (1)については光源と撮影手段の位置関係による.透過光撮影ではシャープな画像が得られるが,逆に噴霧と周囲の境界の微妙な部分がとんでしまう.(2)は瞬間撮影ならマイクロフラッシュ,ルビー レーザ,YAGレーザがあり,連続撮影なら水銀灯,He-Neレーザ,銅蒸気レーザがあり,この順に高価になる.(3)の場合,前者は現象の再現性を信じ込むことになり,後者は実験繰り返し数が問題になる.この時,アナログ情報を得る高速度フィルムか,デイジタル情報を得る高速度ヴィデオかを選択する必要がある.(4)はレンズ系を設計する必要がある.回折の影響が避けられる0.2 mmの厚さのシート光が可能である.ただし,噴口近くの噴霧の根本付近では二次元情報にはならない. 

 美しい写真を撮れば得られる情報の量と精度が増す.連続撮影写真ではPIVやPTVの応用による画像処理によって,噴霧内速度分布が得られる.データ処理の容易さからデイジタル情報を得ることに走り易いが,階調に自ずと限界があり,アナログ情報も捨てたものではない. 

 計測法が分からないときには直接聞きに行く手もある.ただし,タダオ教エテ下サイではダメで,「こんな計測をしたい.」,「先生の方法のこの点を教えていただきたい.」 の様に聞くべきである.エンジンの先生達は好い方ばかりでオープンマインドを持っておられるので,聞きに伺えば卒業生でなくとも必ず会って下さる.勿論,予め先生の予約を頂かなければ礼を失する. 

 エンジンの実験ではデータの取込みと処理が重要である.取込みは市販の機器で間に合うことが多いが,必要なら(特に大学では)自分で回路を設計・作製しなければならない.エンジン研究者には回路設計能力は必須である.処理も市販ソフトで可能ではあるが,自作も必要である.市販の場合は業者に内容を十分に説明させる.先輩作成の場合は自分で内容を点検し,不明の点は先輩に聞かなければならない.先輩が説明を渋るときは(忙しい時もあるが)何かゴマカシテルこともあるので,自分で納得のいくように修正すれば良い.ただし,先輩の了解を得ること!自作のソフトには細かくコメントを入れ(シンボルの説明を含む:筆者が会社にいたとき,先輩がシンボルに東海道線の駅を順に使い,後でナニガナンダカワカラナクナッタと言っていた.),後輩が理解し易い様にしておく. 


  

(ソフトは十分に理解して使う!)

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4.実験条件の設定と実験点の選択

 ある現象が何故起こるかについては必ずその要因がある.そこで実験開始前に今までの知識を総動員して図の様な要因図を作る.要因図にはツリー形もある.デイーゼル噴霧の燃焼になると要因が相互に関連してさらに複雑になり,A3でも納まり切らなくなる.要因図ができると,何を実験変数に選ぶかが決まる.現象に対する要因の寄与度の高さを判断する方法が実験計画法であるが,これを使うと実験回数が増える.実験を簡便化(つまり手抜き工事)するには,大きい集団の実験条件を固定して他の集団の条件を変化させ,次に後者を固定して前者を変化させる.例えば非燃焼実験で,噴射ポンプと噴射ノズルの条件を一定にして雰囲気圧力を変える方法である.実験データをよく眺めると,最初に気が付かなかった要因が浮かび上がることがある.こうなったらシメタと思い,直ちにこれを変数にして実験をすると良い. 




(要因図)

 実験点は最低4点とする.3点では上に凸,下に凸,直線のいずれかの判断ができないが,4点ならはっきりする.普通等間隔で実験点を選ぶことが多いが,JISで決められた標準数( で等間隔)を利用する手もある(ある企業ではもう40年以上前からこれを使い,部品の標準化に寄与している.).例えば圧力と流量の関係の場合,等間隔実験では流量の変化が激しい領域で実験点が粗く,変化があまり多くない領域で密になるが,後者の方法ではこれが是正される.実験曲線が引けないほど実験点を金魚のふんの様にならべたてた例がよくあるが,手抜き工事を推奨する筆者は賛成しない.実験中に傾向から外れる現象が現れた場合は,その付近の条件を細かく変化させて現象存在の確認をしなければならない.現象の再現性確認には実験をある程度繰り返すが,良心的な研究者はこの回数を論文中に必ず明記する.真面目にやるなら,f分布により95%の信頼度を得るための実験回数が決定されるが,この回数が多くなるので実験を完全自動化するのが良い. 

 エンジン実験では,例えば最低回転数から最大回転数へと順次変えて実験終了とすることが多い.再び逆の手順で実験すると,最低回転数での実験結果が最初の場合とあわないことが起こる.これはヒステレシスによるものであるから,できれば乱数表やサイコロで無作為に実験条件を変えることが望ましい. 




(標準数の利用)

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5.実験結果の整理と解釈・考察

 折角良いテーマを見つけても,結果の整理と解釈を十分にやらなければ元も子も無い.筆者の恩師の佐藤 豪先生は「データは宝の山.上手に料理しないと食べてもらえない.マグロにも大トロや中トロがあるだろー」とよく言われていた.また,以前行なった実験でも整理の方法を変えれば異なった真実を発見し得る.初めての実験では地図を作ると良い.図の例は筆者が400本近い高速度フィルムを見て現象を分類し,それを佐藤先生が「こんなもんじゃない」とまとめて下さったものである.現象には必ず遷移的なものがあるので,地図には「遷移領域」を入れると良い.筆者はこの地図から蒸発や燃焼の実験では700 K, 2.55 Mpaの雰囲気条件を選ぶことが多い. 




(現象の地図を作ろう)

 実験結果を表すには適切な図が必要である.例えば,着火遅れtと雰囲気温度Tの関係はアレニウス表示と言われる縦軸をlnt, 横軸を1/Tで表す.対数グラフを作る時には市販の片対数や両対数グラフを使うのは好ましくない.何故なら1〜10の範囲は決まっており,実験結果が狭い範囲に集中することがあるし,軸の名称は綴じ代の欄外に書かなくてはならないからである.パソコンを使うと例えば3〜7の範囲など任意に作成できるし,軸の名称も入れ易い.また,変数x=0 に対してy=0 になるはずなのに,実験曲線が原点に向かっていない例がよくあるが,実験式の定数が変わってしまうのでまずい.実験点を点で示しているのもあるが,実験には必ず誤差が含まれるので,これは本来誤差に比例した大きさの○で表す.しかし通常は図の様に2 mm 程度の直径の○で示す.また各点の最大と最小の範囲を示すと良い.実験にはメッタニ不連続現象は無いので,折れ線ではなく滑らかな線で実験点を結ぶべきである(直線関係は別). 

 実験曲線を引く際に最近はソフトを使うことが多い.この場合,図の破線の様に最小点と最大点を結ぶソフトが多い.これでは現象を見誤る.できれば実験点をよく眺めながら自分で曲線を引くと良い.メノコで線を引いても最小2乗法による場合と大差は無い.この時特異点があるらしいと思ったら,その点の前後の実験を再度行って確認して曲線を引き直す.第2次大戦中の航空研究所(今の東大先端研)い報(「い」がJIS第2水準にないのだ!)に,栖原豊太郎先生が吸排気弁の定常流実験で,リフトが60 % 付近で流量係数が僅かに減少することを報告されている.これが当時の航空機用エンジンの息つき現象の原因であった.「現象は神様である.」 




(実験曲線の引き方)

 なお,最小2乗法は本来リニア関係に用いる(世の中の自然現象の大半は対数変換等を行えばリニア関係になり得る.)べきである.例えば,ay2/(bx2+c)=dなどの関係(そもそもこんな関係はあり得ない.)に最小2乗法を用いるのはナンセンスである. 

 図には,他の研究者が実験範囲外に適用するのを避けるために,できるだけ実験条件を記入する.実験式を作成する場合には,できれば無次元表示にすると良い.実験定数には本来単位が無い筈である.単位があるときは未だ考慮できていない実験変数があることになる.実験式を提示するときにはそれぞれの量の単位と,図の場合と同様に実験範囲を明示しなければならない.着火遅れの有名なWolferの式は,燃料はB重油,外部加熱型またはホットプレート挿入型の定容器(メチャクチャニ温度分布があるはず)を用い,高温低圧および低圧高温の条件(これらの場合は通常のデイーゼル機関では通常の燃焼は起こり得ない.)を含む実験から提案されている.同様に燃焼ガスとシリンダ壁の間の熱伝達のEichelbeergの式は,中型中速4ストローク舶用デイーゼル機関の実験で得られたもので,現代の小型高速デイーゼル機関には適用し得ない.つまり,「原論文ニ当タレ」である!」.実験式の指数については,例えば流量は差圧の1/2乗に比例するのは真理であるが,これを0.377等とするのはナンセンスである.バッキンガムのp定理で次元解析を行い,現象を表現できる無次元数を見つければ大成功である. 

 実験結果の解釈・考察に際しては,「何故この現象が生ずるのかについての少なくとも定性的な説明」(特に特異的な現象の場合)をしなければならない.実験的事実だけを羅列した論文が時にあるが,こんなことは理科クラブの中学生でもできる.小学校の理科の実験でも,何故かを先生が必ず説明する.ある研究所長は「three何故」を実行している.これに答えられると本当に現象把握していると思うと言われる.別の開発本部長は「カッコヨイだけのレポートはダメ」,「実験結果の背後に隠れているものを読み取れ」,「実験の一般則を見つけよ」,「今の実験結果を実際の場にどう役立てるのか」,「次の段階の実験の展望を示せ」と言われる.諸君はこれらの言葉を常に頭に置いて欲しい. 


 

(某社のスリーナゼ運動)

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6.モデル化とシミュレーション

 実験結果をモデル化し,これを組み込んでシミュレーションができれば大成功であるし,他の研究者にも使われる可能性が高い.モデルは第4節の要因図を頭に置きつつ現象をよく眺める事から始まる.これから現象論的モデルができる.例えば筆者らは,直接写真とシュリーレン写真の噴霧の面積差分の体積の燃料が予混合燃焼し,その後は拡散燃焼に移行し,噴射終了後は噴霧の崩壊による燃焼過程を仮定し,熱発生率を予測するシミュレーション法を考えた.この様な単純な例はパソコンで短時間に計算できるし, 実験では設定し得ない範囲まで変数を変え得るし,実験や設計の工数も減らし得る.しかし,ソフトの中には作成者がやった実験による定数が多数入っていることが多いので,予め中身を吟味し,自分の場合に適しているか否かを確認す可きである. 

 最近はスーパーコンピュータによるKIVA等の大型コードが発表され,多くの研究者が使用している.この場合,基礎方程式は何か,過程は何かを予め十分に調べなければならない.最初のKIVAは液滴の集合を代表するパーセルがパチンコの球がばらばら落ちて来る様に噴口から飛び出すモデルが使われていた.こんな事は実際にはあり得ない.それでもその計算結果の論文は筆者には衝撃だった.ソフト開発者は常にヴァージョンアップを考えているので.アンテナは張り巡らしておこう(新しいのが出る度に金がかかるのが難点).許されている場合は,自分で新しいモデルを考案して附加する手がある.筆者らは長年壁面衝突デイーゼル噴霧を手がけているが,連続噴流壁面衝突の古い論文や筆者らの単滴の常温・高温平板衝突実験結果等から一般則を見つけ,モデルを考えた事がある.いずれの実験もひどく単純化した場合であったため,発表時にはまあ現象の中にはこんな事もあるだろうが実際にはまるで役に立たないな程度の評価であったが,モデル化には十分に寄与した.つまり先人の古い実験も馬鹿にしたものではない.デイーゼル噴霧は瞬間写真と高速度撮影写真を併用して見ないと,その本質を見損なう. シミュレーション結果は時系列で出るので,コンピュータグラフィックスで連続化するのも良い. 




(現象のモデル化)

 ところで,スーパーコンピュータが無いと精緻なシミュレーションができないと思うのはカンカチ頭で,研究者・技術者としては心許ない.筆者はKIVAの解説書を見て学生にソフトを組ませて大型計算機にかけたところ,エラー続出!もう1度解説書を読むと,どうもクレイが無いとダメらしいことに気が付いた.当時東大にクレイが入るらしいと分かったので,染谷先生と畔津先生のお世話で学生にクレイの解説書を読ませて頂き,本学の大型計算機に会うようにソフトを組み直させ,さらに前処理と後処理はパソコンを使う事にして何とか計算ができるようになった.脇坂先生はシリンダ内流れ・噴霧の発達をワークステーションで計算されている.お金が無い大学の卵になりかかりの学生諸君には,こういう事をやるのも卵になるための修行である. 

 筆者がヒヨコ時代に勤めていた会社で,エンジンと船体の振動が共鳴し,ブリッジで船長の命令が聞き取れなくなる事態が起こった事がある.ヒヨコ・30才前の技術屋はIBM360(当時の画期的な大型計算機.(ただし今の程度の悪いパソコンにも劣る.)で振動計算をしており,いわばコンピュータ盲信組.ところが課長連は図面を見ながら「こことあそこのマスをこれくらい削れ,増やせ.」のお言葉.これで難問解決・一件落着.「ワシらはタイガー計算機(掛け算と割り算のみ.ルートはダメ.今の人は知らない.)回したからな.コンピュータ組はアカンナ」のキツーイ一言.これは「シミュレーションの結果は美しいがだまされるな.計算と実験いずれにも熟達せよ.計算精度を挙げるには必ず実験が必要.」の言い替えである. 

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7.前刷・論文・報告書

 日頃の研究成果は前刷,論文や報告書で報告する.見かけが立派ではなく内容が充実していなければならない.そうすると社内予算が多額になったり,文部省等の大型研究費が当たる機会が増える.諸君も論文の一つや二つは既に読んでると思うが,「これって何が言いたいの?」といったものもある筈である.これでは困る. 

 論文の標準的な構成は次の通りである. 

 題目,概要(100〜200語の英文が多い.),緒言(目的も含む.),記号表,理論または実験装置,実験または計算方法,実験または計算条件,    

 実験または計算結果,考察,結言(謝辞を含む.),記号表,参考文献筆者が論文を読むときは,題目(今の自分の研究に関係ありそうだな),著者(オッ!あの先生ならキッチリシタ内容だろーな)結論,中身の図,本文の順に見る.途中でヤーメタとするときもある.報告書は別としてページ制限があるので,その範囲で内容を十分に盛り込まなければならない.実験の場合はおおよそ次の点に留意する. 

(1)題目:内容に適したものになるように知恵を絞る(馬鹿の一つ覚えで「----に関する研究」では芸がなさ過ぎる.). 

(2)著者:マサツを起こさないため先生や上司と相談して順番を決める.(封建的?な人はトップネームにしたがる.) 

(3)概要:少ない字数なので簡潔にする.結論のエッセンスを必ず入れる. 

(4)緒言:研究の背景,目的と簡単なレビューを書く(自分が世界で初めてやったように書く例がよくあるが,ほとんどの研究は先人が手を付けているので,先人に対して著しく礼を失していることになる.できれば要因図を示す.  

(3)理論:仮定と基礎方程式を記す.仮定は箇条書きが良い. 

(4)実験装置・方法・条件:実験フローシートと装置本体の図を載せる.圧力センサ,データ取り込みや装置制御に必要な遅延回路などもJISの図記号を使う.センタラインが抜けた図は読んでて何となく落ちつかない.(∵筆者は特に製図室の助手あがり)装置の図がショボクレテルト論文内容まで同じかと思われてしまう.フローシートにはフーセン(部品番号)を飛ばすと良いが,文章に出てくる順に番号を付けると読み易い.実験条件(ノズル諸元等も含む.)は明確に示し,できれば表にする. 

(5)計算結果,実験結果:ここでは得られた結果のエッセンスを図や表に示す.人間は視覚動物なので表は可能ならば避ける.図表は独り歩きをするので,この中に必要な情報をできるだけ盛り込む.縦軸と横軸に変数のシンボルだけを入れた例が多いが,読者がパット見た時の理解のために図のように説明を入れると良い.何故なら,著者は十分過ぎる程その内容が分かっているが,読者は本文を読まないと理解できない.これでは不親切である.図表作成時の注意は次の通りである. 

(a) 2段組の場合は1段の横幅一杯を使う. 

(b)文字数字の大きさは刷り上がりで最低高さ4 mm,添字は最低2 mmとする.これ以下では判読が難しい.世の中には若い人だけではなく,老眼鏡(読書用眼鏡と言う.)族もいる事をお忘れなく!図は筆者が随分前にロットリング(死語?)を使って)作成したもので,A4ほぼ一杯の図の縮小である. 



(グラフの書き方)

(6)考察:得られた結果についての考察を記述する.考察内容を箇条書きにすると明確になる.筆者は図表の近くにこれを記すので,この章を略すことが多い. もし得られるなら,定性的なモデルをこの章の最後に入れて説明する. 

(7)結言:これは論文のハイライトである.これを分かってもらわないと折角の苦労がに水の泡になる.結論は(5),(6)の記述順ではなく,重要なものから箇条書きで記すと良い.最後に必要なら謝辞を入れる. 

(8)記号表:理論の場合はこれが絶対必要である.場所はこの位置か緒言の前後である.A,B,C 順に並べ,その後にギリシャ文字を記し,それぞれの内容を示す.実験の場合はSI単位を明示する. 

(9)参考文献 本文に記した順に番号をつけて示す.学会によって書き方が異なるので注意する. 

 次に一般的な注意を挙げる. 

(1)投稿規定に従った書式とする.最近はFD やmailで投稿の場合もあるので,少なくともワープロが操作できるようにする. 

(2)一文が長すぎるのは良くない.(大体英語に訳し難い.) 

(3)200字程度で行カエする.(白い所が無いと読むのに疲れる.) 

(4)「---している.」(現在進行形?),「---であることが分かる.」(分かるのは当たり前)等の表現は避ける. 

(5)「今回---」の表現は「本報(または本実験)では---」の方が好ましい. 

(6)同じ言葉の使用はできるだけ避ける.「---を変える.」「---を変化させる.」「---を変更する.」等が例である. 

(7)代名詞を使うことも考える.「---噴射ノズルは---である.噴射ノズルの噴口径---」ではなく,「---噴射ノズルは---である.この場合の噴口径---」とすれば良い. 

(8)点は原則的には一息つく所に打つ. 

(9)最も大事な事は,各ページにできるだけ1枚以上の図表を入れる事である.最初のページにフローシートがあると,題目との関係等が分かり易い. 

 社内報告書の場合は各社で書式が決まってる筈である.全部で何ページあろうとも,適切な題目,研究するに至った背景と目的,得られた主な結果,これと自社の製品の関連,次のステップへの展望等を表紙にまとめると良い.(上の人は忙しいのだ.) 

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8.講演・発表 

 自分が日頃行っている理論計算,実験や技術の新知識を公けにする場が講演・発表である.それ故,参加者や上司(予算を握ってる)が良い反応を示せば自信につながる.質疑の間には問題点も浮かび上がり,今後の方針が得られる.この技術を使おうという場面も出て来るだろう.ヴェテランからは,その研究や技術の発展を祈る気持ちをこめて良きアドヴァイスが出される事が多い.ヴェテランはイジワルバーサンではない.こう考えれば,あらゆる世代の研究者にとって講演会は自己発信の場であり,参加者は情報収集マンなので,良き講演発表は必須条件である. 

 ところが,首を傾げたり,眠くなったり,時間の無駄かと思う講演がよくある.筆者は大学院1年の時に機械学会全国大会でデヴユーして以来,最近タヌキ度増していささか講演会ズレしているが,それでも時にこの講演はヤバカッタカナと思うことがある. 

 最近は手軽なためにOHPの使用が多いが,OHPだと床に垂直なスクリーン上では上の方が大きくなる.スライドではこの様な事が無く,また美しい. 

 以下に,筆者が心がけている事を記す. 

(1)講演発表の目的は自分がやったことを参加者に的確に伝える事である. 

 講演者は「自分こそこの分野の世界の第一人者である」という自負を持って発表に臨まなければならない.そのためには,日頃から研究や技術に研鑽を積み,講演の前に相当な準備をしなければならない.  




(講演の申し込みから準備まで) 

(2)発表の順序は「題目と名前」,「発表の順序」,「背景と目的」,「理論」または「実験装置・方法・条件」,「諸結果」,「結論」である. 

 それぞれのOHPやスライドを作るときの注意は次のようになる.  




(発表の順序)

(a) 題目と名前:思い切って大きい字で作る.所属のロゴマークを入れるとカッコが良い. 

(b) 発表の順序:参加者にこの順に発表するぞと知らせる趣旨で,最近これを使う例が増えている.ただし,時間が足りなさそうだったら略す. 

(c) 背景と目的:どういう背景で,何の目的でどこまで明らかにするかを,簡潔に参加者にアッピールために使う.(ポンチ絵つきが良い.) 

(d) 理論:理論だけの発表のみならず,実験の場合も理論がある場合がある.1枚のOHPやスライドに10本以上もの式を小さい字で示す例がよくあるが,これでは参加者には読めない.前刷りを読まないで講演だけを聴きに来る忙しい人は,こんなのを見るだけで聞く気持ちをなくす. 




  (理論式のOHPの作り方) 

(e) 実験装置・方法・条件:注意は前節に示した通りである.必要ならば装置の重要部分のOHPを用意しておくと良い. 

(f) 諸結果:発表時間に制限があるので,本当に伝えたい内容の図表を選ぶ. 

(g) 結論:時間が足りなくて結論を省略する発表者(筆者もよくやる.)もいるが,できればこれは避けたい.A4の原紙に書かれた多数の結論をそのまま全部1枚のOHPやスライドにする例があるが,参加者には非常に読み難い.1枚につき2〜3の結論を示し,たくさんある場合は枚数を増やす. 

(3)良いOHPやスライドは参加者にアッピールし易いし苦労も報われる. 

 7節の図のように大きめの文字を使えば,そのOHPやスライドは相当大人数の会場の最後列の席でも読める.今の世ならこれを参考にしてパソコンで作れば良い.作成要領は図の欄外に書いた通りである.早い現象や数値計算のアニメーション等はヴィデオで見せると良い.ヴェテランには評判が悪いが,音楽付きも良い.その他,次のようなことも注意する. 

(a)1枚に大量の情報,例えば6〜8枚の図を入れるとわかり難い.それならば比較のための別の図を作る可きである. 

(b)OHPやスライド上で文字などが拡大されると思いがちであるが,小さい字は拡大率によって拡大されるので小さいままである.参加者には読み難い. 

(c)OHPのプロジェクタによってはA4が全部入りきらない事がある.天地30mm,左右20mmずつぐらいの空スペースを作ると,何とか対応できる. 

(d)図や表のアレンジによってA4を縦か横のいずれにするかを決める. 

(e)およそ1分に1枚のOHPやスライドを使うペースなので,15分の講演時間では17〜18枚が一応の目安である.現象の紙芝居をする時はこれより増えても良い. 

(f)お金はかかるがカラー化すると参加者の印象が強くなる. 

(g)発表中に数回使う図表はその枚数分のOHPやスライドを作り,発表順にそれぞれの位置に入れておくと良い. 

(h)予想質問に対するものを予め用意する.

(4)講演発表の練習は十分過ぎるほど行なう. 

 ヴェテランといえども練習をする.デビュー戦の人は練習をやりすぎると言うことは無い.これについては次の様な事をする. 




(発表練習の手順)

(a)やったこと全部ではなく肝要な点に絞って話す. 

(b)発表原稿を作る.最初の原稿では必ず時間オーバーになる.順次文章を削って時間内に収まる様にする. 

(c)早口過ぎるのはよくない.かく言う筆者も早口で学生諸君には評判が悪い.1分200字程度が丁度良い. 

(d)おおよそ講演発表の骨格が決まったら,それぞれのOHPやスライドに対応させて1枚のメモを用意する.これは文章ではなく.キーワードだけを書いておくと良い. 

(e)スライドの時は予想質問用も含めて番号順のリストを作る. 

(f)できれば発表内容を暗記する.できなければ(d)のメモを持参する. 

(g)可能ならば講演時間ピッタリになるように何度も練習する. 

(h)できれば一度他の人の前で練習し,意見をもらう.

(5)いよいよ講演発表 

 自分コソコノ分野ノ世界ノ第一人者の気持ちで発表に臨む.それでもドキドキするのは当然である.今のヴェテランといえども昔は新人なのだ.発表に際しての注意は次の通りである. 

(a)講演会によってはブリーフィング(司会者との打ち合わせ)がある.司会者と他の講演者にまず挨拶をする.司会者(普通はヴェテランがやる.)からはセッションの運営の仕方や講演者への注意がある.講演者はわからないことは司会者に遠慮せずに聞く. 

(b)原稿の棒読みは絶対にしない. 

(c)暗記で始めた時は言い忘れても仕方がないと腹をくくる.忘れても大体それについての質問が来るから,すぐお思い出す.内緒だが,わざと話さないで質問のためのエサをまく手もある. 

(d)OHPを使うときには次の方法がある. 

(i) OHPを差し替える人(アシスタント)を頼む.この場合は 

・アシスタントに練習の時からつきあってもらい,この人が講演の進行に従ってOHPの内容を的確に指し示す. 

・アシスタントは単にOHPを交換するだけで,講演者が内容を指し示す.この時には暗記が必須である. 

の二つがある.講演者が「次お願いします.」と言う例があるが,交換に2秒かるとすると15枚で30秒にもなり,全く無駄である.アシスタントは指示されなくともOHPを交換す可きである. 

(ii)講演者自らOHPを差し替える.この時は講演者は参加者に対してスクリーンに写った図が隠れない位置に立つようにする.アガッテいた り,年齢を重ねると手が微妙に震えて指し棒が揺れるので, OHP 上にボールペン等を直接置くのも手である.また, OHP 交換時にもできるだけしゃべるようにする.

  

(OHPを使う発表)

(e)スライドを使う時の注意もOHP の場合と同様である.試し用のプロジェクタが用意されている時は講演前にチェックする. 

(f)講演室の大小によって講演者の立つ位置が異なる. 

(i)大きい部屋では位置関係が大体図の様になり,講演者が立つ場所も決められてるのでまず問題は無い. 

(ii)小さい部屋は注意しないといけない.なるべくスクリーンに平行つまり壁に張り付いた形で立ち,スクリーンに近い方の腕を使って指し示すと,どの席でもよく見える.一部の席はどうしても死角になるが,席選びは参加者の責任である. 



(講演者とスクリーンの位置関係) 

(g)声は大きくする.小さい声は参加者にアッピールし難い.特に強調したい点は声のトーンを上げる. 

(h)講演時間の制限は守る.会場には 

1鈴:5分前  2鈴:講演終了  3鈴:質疑終了
の張り紙がある.1鈴がなると,講演者は普通ドキッとして早口になる.時間オーバーだと内容のあるデイスカッションができない. 

(i)融通がきかない司会者だと,冷たく講演終了を宣言する.高名な先生がかって司会をされた時,時間オーバーの講演者の所まで行かれ,「君止めたまえ!」と一喝されたことがある. 


  

(講演時間は守ろう)

(j)質問の意味が理解できない時は質問者に問い直す. 

(k)質問に対してヒトリヨガリな答え方をするのではなく,質疑が噛み合う様にする. 

(l)悪あがきせずにアッサリ兜を脱ぐことも必要である.

(6)講演のメデタシメデタシの結末 

 こうなるためには,発表する研究や技術がしっかりした内容を持つこと,十分な準備に裏打ちされた発表技術が必要である. 

(7)質問は若い内からできるだけ(ズーズーシク)やる. 

 講演会では初めて聞く内容(わからなくて当たり前!)のものが多いはずである.その時には思い切って質問す可きである.司会者は普通若い順にあてる.良い質問なら「お主ヤルナ!」とヴェテランは思うし,その内名前を覚えて貰ってネットワークが拡がり,上質の情報が得られる様になる. 

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9.おわりに

 筆者は内燃機関シンポジウムには,1979年に日本平で開催された一泊二日の初回にスライドマンのアルバイトで参加して以来,欠かさず出席している.筆者にとってはこのシンポジウムは偵察の場,情報収集の(タネを探す)場である.自分の講演が終わるとさっさと退室する人もあるが,これでは絶好のチャンスをつぶす事になる.また,気後れするかもしれないが,懇親会には出席する可きである.故平尾 収先生は「シンポジウムはお酒を飲んで議論する所だよ.」とよくおっしゃっていた.エンジンの先生方は研究上の激烈な競争はしているが,懇親会ではざっくばらんに「こうしたら.」,「こう考えたら.」のような会話が行われている.諸君は臆することなく,名を名乗り,教えを乞う可きである.この様な場で作るネットワークは将来非常に役に立つ.貧民ゲームと一緒で,“情報リッチマン”には独りでに情報が集まる. 

 最後に一言:「30代半ばまでにシャカリキになって仕事をやる可し!さもないと一流の研究屋・技術屋になれないぞ!」なお,7節,8節は日本液体微粒化学会会誌4巻2号(1995年)に執筆した内容の一部を引用した.図は当研究室の桧垣智大君が作成した.ここに記して謝意を表する. 

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